//////////////////////////////////////////////////////////////////////// ■イントロダクション 第一回 2002.10.02 //////////////////////////////////////////////////////////////////////// ここに「イザナギ伝承」が完成し。今、初号を見終えたところである。 グローバルな意味において“幻想映画”の土台は西洋に比べ日本は歴史が古い。 『竹取物語』『鳥獣戯画』『百鬼夜行草子』などを連想していただきたい。同じファンタ ジックな世界でも土俗的である。 近年“幻想”=“虚構のファンティジア”と思われる今日において、本作品は『遠野物語』 『怪談』と言った伝承系統に付随し、 さらに付け加えるなら“泉鏡花”ワールドに新たなエッセンスが加えられたと言うべき作 品であろう。 作者の神宮寺姶も「ラストのイメージとしては幻の特撮映画“夜叉ヶ池”をイメージした」 と語っていることからも示唆できる。 当初本企画の話を耳にしたとき、「果たして作品は完成するのだろうか?」正直思った。 過去、このような雰囲気を持つ作品は存在していたが、“学園ドラマ”だったり、 別次元での展開と言ったものが殆どであったからだ。 しかし本作品は、最初から最後までイザナギワールド(冒頭の玉音放送からラストシーン まで)である。 一貫した“フォークロア(民俗学)”的内容は、近未来の時局と融合しながら壮大なコン チェルトを奏でており、 たんなるイベント作品とは差別化が出来ていると言えよう。これは作品自体が完全なSF に逃げておらず、 戦中戦後、そこから這い上がった日本と言う母国の歴史的な流れを踏まえ、 高度成長が崩れた日本の現代と未来が描かれていることからも理解できると思う。 故・三島幸夫が絶命する数ヶ月前に雑誌に掲載した内容は、経済のみにうつつをぬかし、 虚構に身を纏った、 言うなればアミューズメントパークのような日本の未来像を予見している。 本作品も、怠惰に生きる現代の人々・・・。アイデンティティもなくただただ業に染まる 人間の悲しい性を、 明確ではないが一端を語り警笛を鳴らしているのだ。 本作品は大きく分けて三つの時間軸があり、周囲を物語がスパイラルに存在している。 一つは、神代より語り継がれる伝承とそれを巡る人々。 一つは、戦争の影を引きずる男。 一つは、行方不明の友達を探しに村を訪れる主人公と、車中知り合った女性。 スパイラルな時間軸として、現実(村以外での出来事、首相官邸内など)がある。 接点がなさそうな個々のテーマではあるが、緊張緩和をたもちつつ互いが共鳴し合ってい ることは特筆する。 冒頭流れる玉音放送の持つ意味合いが徐々に深まってくるのには驚きだ。 さて、本作品は“シリーズ・フォークロア”の一つである。 そう、民族的、土俗的なことをモチーフに構築されて行くシリーズ(この事柄については 別項にて解説したいと思う)で、 日本ならではのカタルシスを描いていく。 実は、本作品の前に第一弾が存在している(そういう意味では本作品は製作ナンバー2と 言うことになる)が、 先陣を切るには本作品で正解と思う。淡々と始まる本編が壮大なカタストロフィーへと突 き進み、 『白夫人の妖恋』ばりの幻想的なラストへ到着する。 試写を終え家路を急ぐ私は、暁の空をふっと見上げたしまった。。。。 幻想映画研究家 青柳宇井郎 //////////////////////////////////////////////////////////////////////// ■イントロダクション 第ニ回 2002.10.02 //////////////////////////////////////////////////////////////////////// ■シリーズ・フォークロアとは、消え行く日本の文化、風習、風土をモチーフとした作品 であり、失われつつある日本の心を綴ったものである。 『イザナギ伝承』に続くラインナップとしては ●『花神』 “花神”とは中国の言葉で“花咲爺”のことである。 昭和40年代、乱発するインフラ工事の犠牲となり、ダムの底に沈む一寒村を舞台に繰り 広げられる抒情詩。 構想5年、製作3年の一大純愛ロマン。 ●『しおね』 昭和24年。戦争の傷跡から立ち上がる日本人を取材していた記者が船舶で移動中に嵐に 遭遇、座礁した船からある孤島に漂着した。彼を救ったのは漁村の離れに一人で住んでい る若い海女であった。ある嵐の日に記者は信じられない光景を目にする。 志摩にてシナリオハンティングが行われた、眩く光る青き海原を背景にドラマが展開して ゆく。 ●水琴窟 “水琴窟”とは、地中に伏せた瓶を置き、染み入る水が奏でる美しい日本音・・・また失 われ行く日本美のひとつでもある。 桃の花が咲き乱れる丘。林を抜けたところに古い神社があった。ドライブの途中、偶然に もその神社を発見したカップルが神社を訪れると、白装束に身を纏っている女性の絵馬が 奉納されているのを発見。今にも呼吸をしそうなほど繊細に描かれている女性はしばしカ ップルを魅了した。後日、その神社の下から石棺に入っている女性が発見されたとのニュ ースが流れた。 北海道から九州まで日本縦断ロケーションを遂行。美しい日本の四季が『砂の器』のごと く炸裂。 以下続く //////////////////////////////////////////////////////////////////////// ■シナリオ推移及び考察メモ<その1> 2002・10・02 //////////////////////////////////////////////////////////////////////// 本作品は当然ながら従来の作品同様、完成台本までの間にいくつもの工程を経ている。 まず企画書の準備稿1では、戦後間もない頃の一寒村を舞台に、村を訪れた男と偶然であ った巫女の物語を中心にシノシプスが書かれているが、準備・決定稿では、大正12年の 設定となり、シノシプス自体も男と巫女の物語という以外は大分改定となっている。 祭りというイベントに焦点を定め、より土俗的な話となっていた。 シナリオ作業になっても、まだ明確なテーマが定まらないのか、ストーリー自体にもゆれ が目立つ。 準備稿1では大正12年の春から秋にかけて物語が進行する。 内容的には、一寒村を訪れた男が、神を奉る祠を守る巫女と出会い、数奇の運命をたどる という話だ。 神のささげ物となる巫女を守るために絶命する男を嘆き、巫女の手によって封印をとき、 その力によって大正震災が起こり村が壊滅してしまうのだ。 封印を守る巫女→おろかな人間の選択で封印を放つ→カタストロフ この図式は作品最後まで残るモチーフとなった。 しかし、全体的には地味な流れとのことで、準備稿2では設定そのものが変更される。 昭和40年代に話が移り、一寒村の分校が舞台となる。確かに巫女も出るが、ラストシー ンの着地地点が曖昧であった。 準備稿3では、話を現代に持ってきて、神宮寺姶の未発表作『神伝』(シナリオ及び絵コ ンテが存在)のエッセンスが底辺のモチーフに加味された。 不思議な地震が続く村へ調査にきた地質学者が盲目の巫女と遭遇すると言う流れとなり、 神の奉られる中州神社の宝目当ての悪人たちと攻防の末、巫女の前で男は絶命。その雰囲 気を察した巫女の目が開いた刹那、巫女の眼を通じ高天原の神々は腐敗した世を見るとと もに悲しみ怒り、天罰を下す。と言ったような内容だ。 この項からスペクタクルシーンが登場。中州に出現する巨大な神魚。封印をとかれた見え ない魔神が村から南下して東京へと向かっていき(巨大な人型に穴があいた高層ビルが次 々と崩れていき、足跡だけが不気味に地面に残される)、自衛隊との攻防を鎌倉で繰り広 げる。突如スパークした電線が千切れ、鉄塔が崩れ行くシーンは実に特撮映画的といえよ う。 ラストは神々が高天原へと衝天するシーンで終っている。 ここに決定稿執筆にあたっての申し合わせメモがる。 抜粋すると。 ●今より少し未来の舞台設定とする。 ●幻想的なスペクタクルではなく、リアルスティックなスペクタクルにする。 ●巫女を中心とした村の存在を明確にする。 ●象徴的なものを位置付ける。 ●村の中を移動しながら話を進める。 ●純真な村と汚れた都会との対比を描く。 とある。 神宮寺姶は語る。 「なかなか話がまとまらない時に、だらしない若者を見たときに、この国は滅んだと思い ました。もうこの国は、再度、終戦直後の混沌とした世界にならなければ復興はしない・・ ・。学徒動員をはじめ数多くの英霊たちの死が空しくなりましてね・・・。何かに取り憑 かれたように原稿用紙に筆を滑らしました」 続けて 「木戸幸一日記とか入手できる関係書物を求め国会図書館とか目的の本を所有している方、 また戦争経験者たちに取材をして話の骨格を作ったんです。 そして書き上げたシノシプスを読み返したら、『アニメンタリー決断』見たいになっちゃ いましてね(笑)、早急に書き直しました・・・。 で、決定稿を完成させて提出したんですが、キャストのところの頭部分に、当時の軍人関 係者の名前が数百人ぐらい列挙してあったものですから、プロデューサーの顔が青くなり ましてね、途中で“戦記物かね!”と言うんですよ・・・。そこで、いえ後ろのほうがメ インキャストですと言ったら、安堵した表情になりました。 結局、大幅に削除になりましたけど、まぁ当然ですよね」 そのこだわりが冒頭の“玉音放送”に繋がって行くのである。 ちなみに、決定稿から二人の巫女が登場し、当初は宇美と美琴である。美琴の名前は須恵 と成っていたが、インパクトに欠けるということから変更を余儀なくされた。 神話研究者ならばピンと来るであろう、宇美川と須恵川から命名したのだ。しかし、その 名前は宇美の子供に継がれる形として生き残った。 決定稿に成ってからも改定稿、完成台本とさらに紆余曲折していくが、作品発売後のほう がネタバレにならず、また皆様もその違いが実感できると思いますので、今回は一先ずこ れまでとします。 <以下続く>